SpaceXがまたひとつ、常識を覆してくれました。とても地味で、宇宙マニアや技術者にしか気づかれない、しかし非常に重要な意味をもつ、ある「常識」を・・・・。
昨日のファルコン・ヘビー試験機の打ち上げ、多くの人が興奮して見ていたと思います。この赤いロードスターが宇宙を飛ぶシュールさ!!!

そして圧巻のブースター2本同時着陸!!!

そんなお祭り騒ぎの裏で、ファルコン・ヘビーが覆した、ある「地味な常識」があります。
この巨大ロケットのお尻をご覧ください。27基ものロケット・エンジンが、まるで咲き乱れるお花のようにずらりと並んでおります。

これをみて宇宙マニアなら、すぐにあのロケットを連想するでしょう。そう、失敗に終わったソ連の超大型ロケット、N-1を。
ソ連のN-1を見たときのぼく「こら流石に無理あるやろ…」
ファルコンヘビーを見たときのぼく「こら流石に無理あるやろ…」
きょうのぼく「クラスターロケットは正義だった」 pic.twitter.com/33JBlyDMF4
— ともにゃんさん®☢ (@TOMO_NYAN) February 7, 2018
N-1。1960年代にソ連がアポロ計画に対抗し宇宙飛行士を月に送るために開発した、幻の超大型ロケット。4回打ち上げられましたが、全て失敗し計画は頓挫しました。そのお尻には30基ものエンジンが、ずらりと並んでおります。
このように、小さなエンジンを多数束ねて大推力を得る方式のロケットを「クラスター・ロケット」といいます。クラスター・ロケットは旧ソ連のお家芸でした。
このロケットと、アポロを月へ送り届けたアメリカの月ロケット、サターンVを比較してください:

ファルコン・ヘビーは「世界最大のロケット」と謳われていますが、あくまで現役のロケットの中での話。歴史上最大のロケットが、このサターンVです。総重量はファルコン・ヘビーの2倍の3,000トン、低軌道へのペイロードも2倍強の120トン。まさにモンスター・ロケットです。
しかし、そんなマンモスロケットなのに、エンジンは5基しかありません。巨大エンジンを、少数装備。サターンVの設計思想はファルコンやN-1とは真逆なのです。
では、1960年代の月レースで、なぜN-1はサターンVに負けたか。その一因は、エンジンのクラスター化にあったと言われています。あまりにもエンジンが多く、それを協調制御することが困難だった、と。
この頃の機械の制御には、もっぱらアナログ・コンピューターが使われていました。おそらくN-1のエンジンの制御もそうでしょう。
クラスター・ロケットの制御には、複雑なロジックが必要になります。例えば、「あるエンジンが停止したら、その反対側のエンジンも停止してバランスをとり、代わりに燃焼時間を長くする」など。数が多ければ異常の組み合わせパターンは飛躍的に多くなります。30基もエンジンがあればどれかには異常が発生する。おそらく、あらゆる異常パターンに対処するロジックを、アナログ・コンピューターに実装することに困難の一因があったのではないかと想像します。
それに対してサターンVは、この問題をメカニカルな部分で頑張ることで回避した。つまり、エンジン(=メカ)自体を大型化して数を少なくし、その分ソフトウェアに楽をさせてあげる、という設計思想です。
「宇宙に命はあるのか」の2章に書きましたが、アポロの時代はちょうどデジタル・コンピューターの黎明期でした。司令船と月着陸船に搭載されたアポロ誘導コンピューターが、宇宙におけるデジタル・コンピューターの先駆けです。
そんな時代でしたから、まだまだソフトウェアは非力だった。だから、メカで頑張って、ソフトに楽をさせる。そんな設計思想のサターンVが勝ったのでしょう。
そのためでしょうか。アポロ以降、西側で作られたロケットはサターンVの設計思想を受け継いでいます。つまり、少数の巨大なロケットエンジンを搭載するという設計思想。メカで頑張りソフトに楽をさせるという設計思想です。日本のH2もヨーロッパのアリアンもアメリカのスペースシャトルや開発中のSLSもみんなそうです。
サターンVの勝利により、「少数の巨大なエンジン」という設計思想が、常識となったのです。
それから50年。時代は変わりました。コンピューターははるかに強力になり、ソフトウェアは1960年代とは比べ物にならないほど複雑な処理をできるようになりました。30基のエンジンの制御など、もはや難しいものでもなんでもなくなったのです。
すると、逆の設計思想が可能になります。
つまり、ソフトで頑張って、メカに楽をさせる。そんな設計思想です。これにより、個々のエンジンははるかに小さく、単純で済みます。
この、「メカからソフトへ」というシフトは、あらゆる場面で見られます。
端的な例が、本の中でソフトウェアについて解説した時にも例に出した、時計でしょう。ひと昔前の機械式時計は、歯車やバネが複雑に絡み合った、まさに芸術品のようなメカでした。ソフトウェア一切なしに時刻や日付を表示し、札幌の時計台などは定時に時刻の数だけ金を鳴らすといった複雑な機能も全てメカで実装していました。
現代のスマート・ウォッチと比べて見てください。これほどつまらないメカはありません。だってコンピューターとスクリーンしかないのだから。これほど工夫のないメカはないでしょう。代わりに、複雑な機能を、全てソフトウェアで実装してしまっているのです。
ソ連のN-1は、ある意味、時代をはるかに先取りしていたと言えるでしょう。そして一度は「非常識」となったクラスター・ロケットにあえて挑んだのが、ファルコン・ヘビーでした。
今回の成功は、ロケットにおいても「メカからソフトへ」のシフトが起きていることを象徴するものかもしれません。そして他のロケットが50年前の常識に我々が縛られていたことも、気づかせてくれました。
とはいえ、勝者は評論家ではなく歴史が決めます。たった一回の成功でクラスター・ロケットに軍配をあげるのは時期焦燥でしょう。
SpaceXはさらに巨大なロケットを構想しています。BFRと呼ばれる、31基ものエンジンを束ねたモンスター級クラスター・ロケットです。
これが成功するか滑るか。クラスター・ロケットへの最終的な審判は、このロケットによって下されることでしょう。
